約束
 そのとき靴箱で人の声がして、我に返る。こんなことを黙々と考えている場合ではないと気付く。彼を待たせていたこともあり、靴を履き替えると昇降口の外まで行く。

 昇降口の外の石段のところには既に木原くんの姿があった。彼はぼーっとした様子でグラウンドを眺めていた。

 一度、足を止め、深呼吸をして、彼の傍まで行く。彼の顔を見る前に、頭を下げた。


「遅くなってごめんなさい」
「そんなこと気にしなくていいよ」


 彼は私を見て、優しく微笑む。その綺麗な笑顔を見ていると、気を抜けば頭が真っ白になってしまいそうになる。私は声にならない声をあげていた。


「大丈夫? やっぱり体調でも悪いんじゃ」

 彼は心配そうに私の顔を覗きこむ。

「そ、そんなことないです」

 彼の整った顔を至近距離に収め、声がいつになく上ずっていた。そして、目をそらす。彼は分かっていないんだと思う。自分の顔がどれくらい私をどきどきさせるのか。
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