約束
 少しずつだけど彼との距離が近くなっているような気がしていた。だが、それは私の一方的な思い込みでしかなかった。

 窓を見ると、先ほどより強い雨が窓を叩いていた。窓には先ほどよりも多くの雨粒が付着していた。天気予想ではここまで雨が強くなるとは言っていなかった。

「やっぱり遠いな」

 彼の存在は雨みたいだった。地面に触れると、その原型が崩れてしまう。

 何もする気がせずに、耳を傾けて窓の外を眺めていた。ただ断続的に降り続く存在が私の考えさえも打ち消してくれそうで心地良い。このまま雨が降り続いてくれたらと思うほどだった。何も考えなくてすむから、だ。

 机の輪郭がぼやけ、私は首を横に振り、涙を拭った。

 そのとき玄関で物音が聞こえ、心臓が跳ねた。

 家族は明日まで帰ってこない。だから、家の中に入ってくる可能性がある人は誰もいなかった。また音が鳴る。今度は軽く響くような音だった。靴箱に何かを載せた音かもしれない。

 誰がいるのか不安な気持ちはある。だが、危険な目に遭ってからでは遅い。私は足音を殺し、玄関まで行くことにした。

 リビングの扉を開け、玄関を覗き込む。だが、私は頭で何かを考えるより先に飛び出してしまっていた。なぜ、彼がここにいるのか分からなかったのだ。

 木原君のスカイブルーのシャツは肩の辺りを中心に、ジーンズも裾の辺りを中心に色が変わっていた。

「どうしたの?」

 彼は水滴のついた前髪を右手でかきあげると、私を見た。そして、目を細める。

「忘れ物に気付いから、取りに帰ろうと思ったんだ」

「そんなに大事なものだったの? 少ししたら止んだと思うよ」

 彼は曖昧な笑みを浮かべる。
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