約束
「田崎さんは大丈夫?」

 私は彼の輪郭がぼやけているのに気付く。

「何もないの。あくびをしただけだから」

 彼はほっとしたのか胸をなでおろしているようだった。

「部屋の窓は締めておいたよ」

「ありがとう」

 そう言ってから、私は血の気が引くのが分かった。私は木原君の部屋を見ただけで、リビングに戻ってきてしまっていたのだ。他の場所は一切見ていない。風呂場はともかく、一番怖いのが姉の部屋だった。

「ごめん、ちょっと二階に行くね」

 私は思わず階段をかけあがる。そして、姉の部屋の扉を空けた。空けた瞬間、冷たい風が私の額に触れる。私は一片の風の心地よさを感じるまもなく、その場に固まってしまっていた。

 姉の部屋には無数の水滴が居座っていた。

「どうかしたの?」

 背後から声が聞こえてきて、振り返るとぬれた髪の毛を拭う木原君の姿があった。だが、彼の視線が私の奥で止まる。彼の視線を追うように見ると、廊下の窓も開きっぱなしになっており、雨が入り込んでいた。

 窓辺のへりもこの様子では雨に浸っているだろう。ちょうど雨の降る方向と一致していためか、その状況は姉の部屋よりも酷い。

 彼は奥に行くと、水たまりを大股で飛び越え、窓を閉める。

「雑巾はある?」
「待っていて」

 私は姉の部屋に入ると、開きっぱなしになっていた窓を閉める。

 それから私は階段をおり、洗面所から雑巾を二枚持ってくると木原君に渡した。一枚は姉の部屋の床をふくために使った。
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