約束
 掃除を簡単に終わらせた彼は笑顔を浮かべていた。

「突然の雨だったから、仕方ないよ」

 私はその言葉に、苦い笑みを浮かべる。

 なぜ私が木原君の部屋だけ戸締りをしたのか、気付かないのは彼の良いところなんだろう。

 雨はさっきよりも強くなり、視界が霞んでいる。

「木原君は忘れ物はいいの? 急なものだったんだよね」

 こんな雨の中取りに帰るのであれば、よほど彼にとって必要なものではないかと思ったのだ。こんなことにつき合わせている場合ではないかもしれない。

「それは大丈夫」

 彼は色の変わったままの洋服をじっと見る。

「着替えてくるよ」

 そういうと、自分の部屋に消えていった。

 私は雑巾を手に風呂場に戻ると、汚れのついた雑巾をさっと洗う。そして、雑巾がけに雑巾をかけて、リビングに戻る。

 木原君はそのまま家に戻るんだろうか。

 分からなかったが、私は彼のコーヒーを準備しておくことにした。セットしたコーヒーが芳ばしさを放ちだしたとき、リビングの扉が開き、木原君が入ってきた。


 彼の洋服は白のシャツと、同じようなタイプなのか濃い紺のジーンズにかわっている。少し色あせていることから、さっきのものよりも古いのだろう。

「コーヒーでものむ? 今のままじゃ戻れないよね」

 彼は苦笑いを浮かべ、窓の外を眺めていた。

「そうするよ。一気にふり出したね」

 雨は先ほどより激しくなり、わずかに残っていた光も洗い流してしまった。雨音が室内に響き、小さな話し声だと飲み込まれてしまいそうだ。だが、なぜか彼の言葉だけは耳元にマイクが備わっているようにしっかりと聞こえる。
< 143 / 546 >

この作品をシェア

pagetop