約束
 私はコーヒーを注ぐと、彼の前に置く。

 彼は「ありがとう」と言うと笑みを浮かべたが、心配そうに私を見る。

 恐らく木原君の部屋で見た住宅情報誌が気になっている心境が顔に出てしまっているんだろう。
 下手に隠すなら、いっそ聞いたほうがすっきりするはずだ。

「変なこと聞いていい?」

 彼は不思議そうに首を傾げる。

「いい家は見つかったの?」
「家?」

 彼は虚をつかれたような顔で私を見る。とぼけているようには見えなかった。

「新しい家を探しているのかなって。部屋に住宅情報誌があったから、出て行くのかなって」

「あれは、ただ買っただけでそんなつもりじゃなかったんだけど。親と相談するために買っただけだったんだ」

 木原君は腕でまだぬれている髪の毛を拭っていた。雨が彼の頬を伝う。

「タオル持ってくるね」

 私は彼にタオルを出すのを忘れていたことに気づく。慌ててリビングを飛び出すと、脱衣所に行く。そこで一番新しいと思われるタオルを選び、リビングに戻ると木原君に渡した。

 彼は笑顔でお礼を言うと、それで髪の毛を軽く拭いていた。だが、その彼の手が止まる。それは彼の携帯がなっていたからだ。

 彼は電話を取る。

「ごめん。今、田崎さんの家。どうしてって言われても。そうなったというか」

 受話器から声が漏れる。電話をかけてきたのは木原君のお母さんのようだった。だが、忘れ物を取りに帰ってきた割には歯切れが悪い。

「雨が小降りになったら戻るよ。分かった」 

 彼はそういうと、電話を切る。そして、携帯をテーブルの上に置いた。
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