約束
「そうだね」

 彼は出て行かないと言ってくれた。万が一、彼が出て行くとしても今までこのことがなかったことになるわけじゃない。

 先ほどまで窓辺を叩いていた雨が一気に弱くなる。黒い空の合間を縫うように光がゆっくりと地上に降り注ぐ。

「雨、上がったね。今のうちに家に戻ったほうがいいかも」

「さっき梨絵さんからメールが届いたんだけど、今日の夜は一人?」

「そうだよ」

「でも、君の両親は姉妹で留守番をしていると思っているみたいだったけど」

「よくあることなの。お姉ちゃんは親がいなくなると羽を伸ばしたくなるみたいなの。要領が良いんだよね。だから、お父さんとお母さんには内緒にしてね」

「夜、大丈夫?」
「大丈夫だよ。別に一人しかいませんと宣伝しているわけでもないもの。今まで良くあったんだ」

 正直な気持ちを伝えたが、彼は心配そうな顔をしている。

「そっか。俺が干渉することじゃないよね。でも、ごはんは?」

 母親が作ってくれたカレーがあるといおうとしたが、彼はすぐに言葉を続けた。

「よかったら俺の家で食べる? 帰りは送るよ」

 木原君の家に行きたいという好奇心には勝てず、私は頷いていた。カレーは明日の朝と昼を多めに食べてしまえばなくなるだろう。


「少しだけお邪魔しようかな」
「俺の親も喜ぶよ。田崎さんに会いたがっていたから」
「そうなの?」

 木原君は私の言葉にうなずく。
 ほとんど面識がなかったのに、社交辞令かもしれないが、そう言ってもらってすごく嬉しかったのだ。
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