約束
 そのとき、甲高い音が響く。そして、私を呼ぶ落ち着いた声が聞こえてきた。その声の主はすぐに私の足元まで到着する。

「散らかっているけどいい?」

 彼は苦笑いを浮かべていた。私を連れてきたことでお母さんに何か言われたのかもしれない。

「ごめんね」

 引越しでいろいろ大変な時期なのに彼の家を見たいという理由だけでそこに行き、申し訳なくなってきた。

「別に怒られたわけじゃないよ。驚いていたんだ。俺が電話しなかったのがいけなかった」

 彼に誘われるように家の中にはいる。玄関には靴がたくさん置いてあるが、目の前の靴箱の中は空になっていた。私が通されたのはその玄関のすぐ近くにある客間だった。絵やら、花瓶やら多くのものが飾ってあった。この家の洋風の概観には非常に似合っていた。

 ソファに座ると、扉が開いた。そして、木原君のお母さんが中に入ってきた。彼女は私と目が合うと優しく微笑む。

「散らかっていて本当にごめんなさいね」

 少し前に見た木原君のお母さんはやっぱり目を奪われてしまうくらい綺麗な人だった。そして、何より若い。私の母親と同世代とは思えないくらいだ。

 彼女は「ゆっくりしてね」と告げると、木原君の脇に行き、言葉を交わす。そして、彼女は出て行ってしまった。しばらく経ち、玄関の閉まる音が聞こえてきた。

「買い物に行くってさ。だから遠慮しなくて大丈夫だよ」
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