約束
 その下にあるノートには計算式が書かれていた。昨日、窓を閉めたときにはこんなものはなかった。だから、昨夜彼が引っ張り出したのだろう。昨日も、こんな状態なのに勉強をしていたのかもしれない。

 私はずっと彼を頭の良い人だと思っていた。だが、それだけではない。彼はこうやって努力をして、頭の良い人になったんだろう。簡単に彼に頭が良いと言ってしまった事が恥ずかしかった。

 せめて自宅に泊まっていたら、もっとうまく対応できたのかもしれない。

「木原君の両親に知らせなきゃ」

 彼が来ると思い、待っている可能性もある。私はリビングに戻ると、家の電話帳をめくり、木原君の電話番号を見つけた。

 私は深呼吸をすると、電話をかける。すぐに、木原君のお母さんの声が聞こえてきた。早口にならないように、一言ずつを噛みしめるように、言葉を発する。

「熱出したの?」
「はい。気づかなくてごめんなさい」
「いいのよ。やっぱり昨日引き止めたほうがよかったわね。なんとなく体がきつそうにしていたから」

 木原君のお母さんと彼が別れ際に言葉を交わしていたことを思い出していた。

 彼のお母さんはほんの少しの変化に気付いていた。そして、私は木原君を見ていたはずなのに、彼の優しさに舞い上がっていて気づけなかった。雨に濡れたのも良くなかったのかもしれない。
< 155 / 546 >

この作品をシェア

pagetop