約束
 木原君の様子を確認しながらであったが、その世界に引き込まれていたのかもしれない。読み終わった後に不思議な気持ちになった。


繊細で、優しくて、読んだ後に涙が出てきてしまう。上手く言えないが、彼がこの本を好きな理由が少しだけ分かったような気がした。同時に、彼がこの本を読みながら、どんなことを考えていたのかが知りたかった。

「木原君」

 私は身を乗り出して、彼の頬に触れる。その頬は朝よりはましになったが、まだ赤味を帯びていた。私が代わってあげられたらいいのに。


 そのとき、私の頬に何かが当たるのが分かった。私を見つめていたのは、今まで何度も数知れず私を魅了してきた澄んだ瞳だ。

 一瞬、意味が分からなかった。だが、意味を理解したとたん、彼に触れていた手を引っ込め、のけぞっていた。

同時に私の頬に触れていた彼の手も離れていた。仰け反ってから我に返る。ものすごくもったいないことをしていたのに気付いてしまう。

「ごめん」

 彼は我に返ったようにそう告げる。


「気にしないで。驚いただけだから。木原君は体、大丈夫?」

「うん。いつの間にか寝てしまったみたいで。最近、寝不足だったからかな」

 彼はゆっくりと体を起そうとした。

 私は慌ててそれを止める。
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