約束
「ありがとう。迷惑かけてごめん」
「迷惑なんかじゃないよ。一緒に暮らしているんだから、これくらい当たり前だよ」

 木原君は驚いたような顔をしていたが、目を細めて笑っていた。

 気取ったかっこいい笑い方ではないが、子供みたいなあどけなさを残している、彼のそんな笑い方が好きだと思った。木原君らしい笑い方のような気がしたから。

 彼はベッドに手を伸ばし、腕に力を込めていた。木原君が立ち上がろうとしていた。 でも、まだ熱があったのか、足元がたどたどしい。

「何か必要なものがあれば持ってくるよ」

「飲み物をもってきてもらっていい?」

「分かった。熱を測っておいて」

 私は木原君に体温計を渡し、リビングに行く。冷えているミネラルウォーターの入ったペットボトルとコップを持って、部屋に戻る。

 彼は大人しくベッドに座って待っていた。私はガラスのコップに水を注ぎ、彼に手渡す。彼は「ありがとう」と言うと、水をすぐに飲んでしまっていた。

 その時、電子音が部屋に響く。彼が取り出した体温計の値を見ると、三十八度五分をゆうに過ぎていた。

「意外と熱あったんだ」

 彼は意外そうな顔をした。かなりの高熱なのにそんな意外そうな顔。そんな問題じゃないんだって分かっているんだろうか。
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