約束
 私は「お茶を持ってくる」と言い残し、鞄を置きに部屋に戻る。そして、すぐにリビングに行く。何を出すか迷ったが、コーヒーにした。

コーヒーメーカーをざっと洗い、粉をセットして電源を入れる。

 しばらく経って、香ばしい薫りがリビングの中を満たしていく。それをコーヒーカップに注ぐ。

始め二人分のカップを用意したが、やはりひとり分加える。コーヒーを入れ、木原君の部屋に運ぶことにした。ノックをしようとお盆に込める力を強めたときだった。

「まあ、最初、俺からいいと言ったから仕方ないけど、やっぱり来年以降か」

「来年は一人暮らしをするから、そこに住めばいいよ。広めの部屋を借りるつもり」

 二人の会話に胸が痛んだ。

 思い出すのは彼の持っていた住宅情報誌。あれから引越しの話が出てこなくてほっとしていたけど、どこかで出て行くことを考えていたのかもしれない。

「この家、住みにくいのか?」

「そんなことはないけど、他人の家だから悪いかなって思っている。何も手伝えないし」

 嫌だからという言葉が聞こえてこなくて、ほっとする。同時にそんなこと気にしなくていいのに、と思っていた。他人と言われたのは事実だけど寂しかった。
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