約束
「あの子はお前にいて欲しそうじゃないか」

「あの子って?」

 不思議そうな声。やばい。そう思うと、私はノックをするのも 忘れて、思わず扉を開けていた。二人が私を見る。

木原君は突然扉が開いたことに驚いたのか目を見開いていた。一方、木原君の従兄弟は苦笑いを浮かべていた。

私が立ち聞きをしていたのに気付いたのかもしれない。

「コーヒー持ってきました」

「ありがとう」

 そう言ったのは木原君だった。私は部屋の中に入り、コーヒーを一人ずつに出す。

二人分を出し、残ったひとり分を部屋に持ち帰ろうとしたとき、私の腕を矢島さんがつかんだ。

「用がなかったらここにいたら?」

 強引なところがあるが、それでも嫌な気分はしなかった。私は彼の言葉にうなずくと、木原君と矢島さんの間に、ちょうど三角形を描くようにして座っていた。

「お前はなれなれしすぎなんだよな。勝手に田崎さんのことを名前で呼んだり、そうやって強引に引き止めたり」

「名前で呼んで欲しくないなら呼ばないけど。どう?」

 彼は綺麗な瞳で私の顔を覗き込んできた。別に名前で呼ばれるのはドキッとするが、どうってことはない。ただ、彼が木原君に少しだけ似ているのは、心臓に悪い。

「嫌じゃないから気にしないでください」

 上ずりながらもなんとか返事をする。

 その言葉に彼は優しい笑みを浮かべる。

「そうだ。お前も名前で呼べばいいんじゃない?」
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