約束

 矢島さんは木原君にとんでもないことを言い出した。そんなことを言わないでという気持ちと、どこかで呼んでほしいという気持ちが交錯して言葉が出てこない。

「そんな失礼なことできないって」

 木原君はあっさりと彼の提案を一蹴する。

 お姉ちゃんは名前なのに、私はどうしてダメなんだろう。

「相変わらずだな。お前は。呼び名くらいそんなに深く考えなくてもね」

 本当は何度もうなずきたかったが、曖昧に微笑む。

「いただくね」

 彼は背筋を伸ばしたまま、コーヒーを手元に引き寄せると、口をつけた。

 木原君もだが、彼も品があるというのか、動作の一つずつが絵になっている。

 彼は私と目が合うとくすっと笑う。すごく綺麗に笑う人だった。彼の笑顔は大人びていて、辺りの空気を優しくさせる。

 彼はコーヒーをあっという間に全て飲むと、それを床に置く。

「そろそろ帰ろうかな」

 彼はひざを床につけると体を持ち上げようとした。
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