約束
 だが、私にとっては彼が誰とつきあおうが関係なかった。どう転んでも彼の好きな人が私にならないことを知っていたからだ。願望を抱くと、夢を見れなくなる。だから、私は夢を見ることをやめ、彼のことを見守ることに徹していた。

 学校の卒業と共に、彼に別れを告げ、新しい道へと旅立つ。そのことを疑ったことはなかった。そうこの瞬間までは。


 鞄の中からうなるような音が聞こえ、現実に引き戻される。その音の正体はすぐに分かる。

 鞄からそれを取り出すと、耳に当てる。

「もしもし?」

 見逃せない番組を見ていたのに、邪魔されたような気分で、ぶっきらぼうに返事をしていた。

「何、変な声出しているのよ」

 そう呆れたような声が響く。声の主は四歳年上の姉だった。

「なんでもないよ」

 想像以上に声に気持ちがでていたことに気づき、顔が赤くなるのを感じながらも否定していた。

 彼女は電話口で笑う。

「まあ、いっか。今日、お父さんのお友達が来るから早く帰ってきなさいって」
「わかった」

 窓の外に目を向けた。まだ彼を見送る時間が残っていることを思い出したからだ。
 窓の向こうでは彼は足を止め、辺りを見渡している。先ほどそばにいた綺麗な子ももうそこにはいない。そんな彼の手に電話が握られていた。

同じタイミングで電話をしていたことに気づき、心の中がほんのりとあたたかくなるのが分かった。

 どんな些細なことでも、憧れの人との共通点は嬉しいものだから。

「今すぐ帰れる?」

 受話器の向こうから返事をせかす声が響く。

「帰るよ」
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