約束
「当たり前じゃない」

 彼を近くで見るだけじゃない。彼に見られているんだと思うと、まともな神経をしていたら、いつもどおりの日常生活なんか送れるわけもないと思ったのだ。


「晴実ちゃんに聞いたけど、すごく人気があるらしいね。まあ、確かに身長高いし、顔も申し分なしい、物腰も穏やかだし、品があるし。分からないでもないよね。頭もいいし、運動もできるんだっけ?」

「まさか木原君のことを狙っているんじゃ」

 姉はふわりとした髪の毛をかきあげると、上目遣いに私を見る。

「まさか。可愛いけど、年が離れすぎだしね。でも、そうじゃない人もいるみたいだから協力してあげようか?」

 それは私のことを言っているんだろう。

「いいから放っておいてよ。別に私は木原君のことが好きなわけじゃないし」

「でも、顔は正直だよね」

 私の本心を見透かしたように、からかうような笑みを浮かべている。

 そのとき、リビングの扉が開く。顔を覗かせていたのは木原君だった。彼がお風呂に入ってまだ五分ほどしか経過していない。

 リビングの音は漏れにくいので聞こえていないはず。

 でも、私は口にした言葉を後悔していた。

「早かったね」

 彼女は立ち上がると、木原君のところまで行く。

 今日一日で一番距離を確保していたからか、扉のところに立つ彼をじっと見つめていた。
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