約束
 立ち上がると、左手で荷造りの済んだ鞄を持ち上げた。今からだと彼を近くで見られるかもしれない。緊張するけど、彼の視界に私が収まることはない。だから、気にすることもないと分かっていたからだ。

 席を立ち、出口に向かう私に姉の声が聞こえてきた。

「由佳にはもう一つ頼みたいことがあるの」
「何?」

 そのとき、私が向かおうとしていた扉に一人の少女が立ちふさがる。晴実だ。彼女の口から私の名前が漏れた。

 私は彼女に手を振る。電話中だから、ちょっと待ってという意味を込めた合図だった。

 そんな状況を知らない私の耳に姉の声が響く。

「同じ学校の子を家に連れてきて欲しいの。その息子さんが同じ学校なんだって」

「学年が違ったら補習とかあるから連れてこれるか分からないけど。とりあえずクラスと名前を教えてよ」


 二年ならともかく一年や三年ならほとんど分からない。相手は私のことを知っているのだろうか。一人ずつ聞いて回るとなると、かなり面倒なことになりそうだった。相手の電話番号なども分かっていたらいいんだけど。

 足に影がかかる。晴実が目を輝かせ、私のところまで駆け寄ってきたのだ。彼女は息を吸うと、私にリアクションをする隙も与えず、言葉をつむぐ。
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