後向きの向日葵

彩子の目の前には、中年の男がいた。彼が、雨雲だった。
男は「使え」とは言わないが、これは、「使え」という意味だった。
彼こそが、新人に起こりがちな呪縛を彼女から、尽く取り払っている当該の人物だった。
彼は、スカイバードの重役の一人だった・・・。
それは入社して間もなくの出来事であって、彩子は、職場の先輩から彼を紹介されたのだった。
そして、彩子にとってここで言う“紹介”と呼ばれるものが、いずれはプラトニックを超える、一種の制度であることはすぐに察しがついていた。
彼女は将来の秘書として、いや、何よりも会社の女として、会社側から、既に有望視されていたのだ。
その上でも、彼女にはスカイバードという会社の、表と裏を知って貰う必要があった。
つまり、通常の新任研修を受講するのみでは、彼女の担うべき、本来の役割に対しては不足だったのだ。

このような採用が数年に一人の割合で存在し、それはまれなことではあるのだが、新卒に混じって特別雇用される女性がいる・・・、これが、スカイバードの伝統として来た一つの裏事情だった。
これをストレートに表現するならば、“重役の慰め役の採用”だった。
当該の女性に至っては表舞台への適応以上に、本来の任務に誠実であって貰う必要があり、何よりも、こうした秘密を守って貰わねばならないのだ！
故に通常の採用以上に個人情報が重視され、原則的には、社員の縁故を頼りに探し出されるのであった。
もちろん、入社の時点では既に例の重役以外にも、彼女にとって、スカイバードには知る顔があったわけだ。
そして、この任務を誠実に遂行する限りでは、彼女の、社内での立場は保障されたのである。