黒猫眠り姫〔上〕[完]
「ところで、寒くないの?」
「・・・・・・・・・・」
「夏に近いって言ってもまだ梅雨だよ。」
「寒くない。」
「嘘つくのうまいとか?」
「・・・・・・・・・・」
「そんなに会うのが怖い?」
「・・・・・・・・・・」
「待ってると思うよ?」
「さっきから知りもしないで、人の事情とか
あるんだからそういうのをもっと気遣ってくだ」
「そういうの、ただの逃げにしかならない。」
「逃げてるってわかってる。だけど、
体がどうしても動かないのは、
こんな姿を受け入れてもらえるほど
自信がないってこと。」
「言わなきゃ、行かなきゃそんなのわからない。
自分だけの考えじゃない。あんた以外が、
受け入れるかの話だろ。」
たばこの煙が空に放たれていった。
広がる煙はどんどん空気と一緒になって行く。
「それが、怖い。」
小さく言った。
その言葉が、言いたくて言えなかった言葉。
「怖い?怖いことなんて一つもないはず。
あんたが、信じてればそんなこと思わない。」
言い出されたその事実は、
正しくて否定出来なかった。
湊を信じてないわけじゃない。
桐を信じてないわけじゃない。
尚を信じてないわけじゃない。
ただ、自分が信じ切れなかった。