黒猫眠り姫〔上〕[完]
季節は、夏に近い梅雨。
生暖かい風がふわりと吹いた。
ベンチの上。
近くて遠いと思っていた湊との距離が
今ではない。
湊のサラサラした髪が私の頬を擽る。
湊の匂いが私を落ち着かせる。
湊の腕が大きく私を包む。
「鈴こそ居なくならないでね。」
小さく耳元に囁かれた言葉は、
湊の弱さだった。
いつも、何考えてるか分からない湊が、
初めて私に言ってくれた弱さだった。
聞えるか分からないけど、私も呟いた。
「・・居なくならないよ。」と。
そう言った後、言葉に出来ないぐらい
湊のことを思った。
どうか、湊が苦しみから解放されますようにと。
心からそう願った。
湊の痛みを知ったところ、私に出来ることが
あるか分からない。
何も出来ないかも知れない。
だけど、近くで湊に安心感を与えられるなら、
いいなと思った。
いつもよりも少しだけ強く抱きしめられている。
湊の顔がどんな表情なのか分からないけど、
さっきみたいに悲しい顔ではないだろうと
思った。
包み込まれた腕の中、もう少しこのままで
居させてほしいと思った。
もう夏になるっていうのに、
湊の温もりが熱いと思うことなんて
なかった。