黒猫眠り姫〔上〕[完]

「鈴。」

呼ばれるたびくすぐったい気持ちになる。

呼んでくれるたびにドキってする。

湊はいつもあたしを大事にしてくれる。

「こっちおいで。」

手を伸ばす湊。

細くて長い腕。

その腕に吸い込まれるようにして近づく。

すっぽり湊の腕に収まる。

湊の匂いがふわりと香るそれにうっとりする。

「鈴。」

存在を確かめるように。

呼ぶ声は切なくなる。

「何?」

湊、どうしたんだろう?

今日はすごく湊らしくない。

いつもはこんなに悲しい声で呼ばない。

いつもはポーカーフェイスな湊。

あたしにだってご主人様の様子が違うって

分かるんだ。

「鈴ちゃん。」

ちゃん付けする湊。

いつもはちゃん付けしないのに。

「酔っ払ってるの?」

酔いが醒めてないのかと思う。

その瞬間抱きしめられた。

ドキドキする心臓音が爆発しそうな

感じでうるさい。

「湊?」

パニックになる。

抱きしめられるなんてよくあった。

湊にはよく抱きしめられてた。

だからあんまり変に思わなかった。

今まで普通の愛情表現にしか思わなかった。

飼い主が飼い猫を可愛がる程度のものだった。

でも、今日の湊は違う。

「鈴、あんまり可愛い顔しないで。」

湊の声をすぐ近くに感じた。

その声があたしには切なく聞えた。

湊はいつだって余裕なんだと思ってたんだよ。

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