ひなたぼっこ~先生の、隣~
「え…今、何とおっしゃいました?」
「いえ…何も」
母親の耳まで届いていなかった。
「本当は、主人が迎えに来るのが普通なんですけどねー…」
ため息をつきながら言った。
「…お仕事が忙しいんですよ」
母親は首を横に振った。
「あの子が…姉があんなことになってしまってから、家に帰って来なくなってしまったんですよ」
「…」
「私だって、どう接していいのかわからないのに…あの人ばっかり逃げて…」
「…」
「って、先生にこんなこと愚痴ってしまって…すいません」
「いえ…」
「主人がしっかりしていれば…この間、屋上で…あの子が…」
屋上ー…
「…ご存知だったんですか?」
確か、母親には黙っておくことになっていたはずー…
「あの子は、何も言いませんけどね…患者さんが話しているのを聞いて…」
「そうだったんですか…」
「あの子まで自殺をしていたらー…って思うと、母親失格ですね」
今にも泣き出しそうな表情で話す。
「…あまり思いつめないでください。麻そ…楓さんのためにもー…」
母親は黙って頷いた。
それから駐車場に着くまで、何も会話をすることはなかった。