【短編】 ききたいこと
意識を一時的に手放して夢の中を浮遊していた私に、しかし覚醒のときは唐突に訪れた。
―――誰かの手が肩に触れたのだ。
音にはまったく反応しない私だけれど、なにかが触れると、たとえそれが小指の指先がふっとかすっただけだとしても、私は目が覚める。
覚ませる自信がある、とかでなくて、覚める、のだ。自分でもおかしな体だと思う。
だから、すぐに気づいて、一瞬で意識が戻った。
なにかが掛けられている、と思った。
嗅覚に集中を集める。
と、それから漂ってくる匂いは気に入りの香水の香りだった。ということはおそらく自分のカーディガンだろう。
いったい誰がこのような親切をしてくれているのか。
気になったけれど、敢えて目をつぶって寝ている振りを通してみた。もし知らない人だったら、目が合ったときどんな会話をすればいいのかわからない。それは向こうも同じだろう。
手が離れた。
同時に、人の気配も遠ざかる。
やがて、足音が小さくなった頃、私は腕に顔半分を隠したままそろりと離れていく後ろ姿をのぞき見た。
私は目を瞠った。
(―――藤堂(とうどう)、せん、せ?)
見覚えのある背中が誰のものであるかを思い出すのにさほどの時間は必要なかった。
さきほどまで受けていた授業の担当が、まさに藤堂先生だったのだから。