【短編】 ききたいこと

「なんでしょうか」

　首をかしげ長里をのぞき込むと長里は慌てた様子で顔を上げ、彼にはめずらしくどこか緊張した様子で言った。

「あ、ああ。あのな、俺な、この間おまえに言われてからずっと考えてたんだ」


　……と言われてもこの間とはいつなのか一発でピンと来なかった私はしばし記憶を遡った。
　そして、ああと、思い出す。

　―――先生は、生徒の私より生徒の親の意見を尊重するんですね


　どうやら長里はまだ気にして止まなかったらしい。意外に律儀だ。


「あ、はい。あのときは失礼なこと言ってすみませんでした」

　頭を下げると「いや、謝らなきゃならないのは俺のほうだ」

　長里は首をふると取り乱したようにやや荒っぽく私の肩を掴んだ。顔を上げさせる。

「佐々倉のおふくろさんの味方をしているつもりはなかったんだ。先生という立場からすれば、どちらの味方をするべきかなんて天秤に掛ける必要はそもそもなかったんだからな。はじめからわかっていたことだったんだ。だけどな、あのときおまえに言われて、俺、思い出したんだ。情けないが、忘れてたよ……俺の仕事は生徒に勉強を教えることだけじゃなかったんだって。―――もうすこしちゃんと話を聞いてから俺も言葉を選ぶべきだったと、反省した。押しつけるような言い方をして、本当に悪かった」
　
　眉根を寄せてまぶたを下ろす長里に、

　今度は私が慌てる番だった。

「いっ、いや、そんな、気にしないでください。私はもう気にしてませんから」

　と言って顔を上げさせようとしたがしかし、先生のように肩に触れることは生徒の私にはどうにも憚れて、おろおろと手が宙を彷徨った。

「―――佐々倉もこう言ってることですし長里先生、もういいのではないですか？」