i want,


……………

「――…ヒカルに言われてたんだ。引っ越すことは、矢槙には言わないでくれって」

全てを話し終えた田口は、空になった空き缶をゴミ箱に入れた。ガシャッと鈍い音が空気と共鳴する。

あたしはただ、黙ってそれを聞いていた。

「あの頃、ヒカルは子どもだった。勿論お前も、俺も。現実を変えるには、幼すぎた。多分それを誰よりわかってたのが、ヒカルだった」

中学生の頃のヒカル、あたしの中に残る最後のヒカルが脳裏に浮かぶ。

あの少年の体で、幼い心で、どれだけ重いものを抱えていたのだろう。

そしてあたしは、どうしてそれをわかってあげなかったんだろう。

「わかって欲しいのは、ヒカルが矢槙より母親を選んだってことじゃなくて、矢槙を…矢槙をヒカルなりに、守ってたってことなんだ。多分、矢槙も傷ついた。その傷は紛れもなく、ヒカルがつけたものだ。でも…でもヒカルは、それでもお前を想ってた」

田口の一言一言が、沢山のヒカルを思い出させる。

笑ったヒカル。
怒ったヒカル。
遠くを見るヒカル
あの日、あたしを抱き締めた震える腕も。

鮮明に。
明確に。
今、泣きそうな程に。

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