i want,
ステップを降りる音が、雨音に混じって聞こえた。
思わず足を止め、静かに振り返る。
傘の隙間から見える、スニーカーの爪先。
降り注ぐ雨が、乾いたそれを塗らすのがわかる。
シャッターを開ける様に、ゆっくりと傘を持ち上げた。
傘を差していかないその人は、降り注ぐ雨に一瞬で染まる。
茶色い髪についた雫石が、バスのライトに輝く。
夜の闇とバスの光の間に、確かに記憶と繋がる横顔を見た。
息が止まる。
夜の音が消える。
水しぶきを散らしながら通り過ぎて行くバスの音さえ、あたしの耳には届かなかった。
寒そうにマフラーを上げるその横顔に向かって、声を出したかった。
でも貼り付いたかの様に、声が出ない。
名前が、呼べない。
あたしに気付かないまま、彼は背中を向けた。
その背中ですら、あたしははっきりと記憶に重ねることができる。
押し寄せる、衝動。
沸き上がる、感情。
何一つ変わっていない、痛み。