i want,
…あたしはゆっくりと足を踏み出した。
雨に晒されるその背中に、そっと自分の傘を差し出す。
傘を叩いていた雨音が、消えた。
頭の上にかざされた傘に気付き、彼は足を止めた。
一瞬上を向き、そのまま振り返る。
目が、あった。
あの、神楽の日の様に。
押し付けられた様な胸の痛みに、全ての記憶が記憶でなくなったことを知った。
記憶なんかじゃない。
思い出なんかじゃない。
今、確かに。
「…あお」
…『ヒカル』と、呼びたかった。
彼の名前を、呼びたかった。
でもあたしは何も言えずに、ただ目の前のヒカルを見つめていた。
ただ、幻影じゃないことを、願った。