危険ナ香リ




「え……。きょ、恭子」

「……ねぇ、最後に1つ、聞いてもいいかな?」

「え、な、なに?」




 今、あたしは泣きそうだとゆうことしか、分からなかった。


 油断をすると涙がこぼれてしまいそうな気がして、膝の上においた手を握って、手の平に爪を食い込ませた。




「懐中時計、あたしが佐久間先生から貰った物だって、いつから知ってたの……?」




 なんで今こんな質問をしたんだろう。


 きっと、気を紛らわしたかったからなんだろうな。


 ……自分のことなのによく分かってないなんて、バカだと思う。


 でも今は、泣きたいってことしか、分からなくて……。




「恭子が学校休んでた時に、佐久間先生から聞いたの。だって恭子、大事そうに持ってたし、あと、佐久間先生も何回もアレ見てたから、気になって」




 早口でそう言った柚乃ちゃんを、ぼんやりと見つめていた。




「ってゆうか、恭子、あのね」

「うん。分かった。ごめんね、変なこと聞いて。そうだ、あのね、あたし今日、行かなきゃいけないとこがあるの」

「恭」

「準備しなきゃいけないの」




 “帰って”って意味だって、誰でも分かるような言い方をしたのは、無意識だった。


 いっそう泣き出しそうな顔をする柚乃ちゃんに、かまう暇もなく、あたしは手の平に爪を食い込ませ続けた。


 痛い。

 でもそれでいい。


 手の平の痛みに紛れて、泣きたいという思いも隠せるから。




「恭子」

「……お願いだから、帰って」




 早く帰ってほしい。




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