危険ナ香リ




「それに、佐久間先生からもらった懐中時計だって、大事にしてる」

「こ、これは、ただ気に入ったから……」

「佐久間先生からのプレゼントだからじゃないの?」




 ……違う、と言い切れない。


 思わず視線を泳がせると、柚乃ちゃんが小さく笑った声が聞こえた。






「……今度は、祐の時みたいに、後悔しないように頑張ってね」






 あたしは、佐久間先生が好きじゃないの。


 その言葉は喉の辺りで外に出るのを嫌がったようで、あたしはなにも言えずにうつむいた。


 ……そして、柚乃ちゃんが言った“後悔”なんて言葉が耳に残っていた。




「……佐藤のバカのことはあたしがなんとかするよ。自分で撒いた種だしね」

「柚乃ちゃん……」

「恭子は、やることいっぱいあるんでしょ?」




 やること、と言えば一番最初に頭に浮かぶのは、祐の顔。


 そうだ、祐にちゃんと謝りにいかなきゃ。




「祐のこととか、佐久間先生のこととか」




 ……佐久間先生のこと、なんて。


 どうすれはいいか、分かんないよ。


 困ったあたしは柚乃ちゃんを見つめると、柚乃ちゃんは笑顔を見せたあと、腰をあげた。




「ごめん。あたし、もう帰んなきゃ」

「……え?だってまだ4時半だよ」

「今日、弟のお迎えいかなきゃいけないの」




 弟。いたんだ、弟。


 ビックリして瞬きを繰り返すあたしの目の前にいる柚乃ちゃんは、カバンを肩にかけた。




「うち、シングルマザーってやつでさ。お母さん、仕事で遅くなる時があって、たまにこうしてあたしが迎えにいくの」




 そうだったんだ。


 ……あたし、本当に柚乃ちゃんのことなんにも知らなかったんだなぁ。


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