危険ナ香リ
「……恭子」
電話が切れたことを、あたしの様子で分かったお姉ちゃんが名前を呼ぶ。
ため息をはきたくなったが、寸前でそれを飲み込んだ。
「祐から、全部聞いたわ」
“全部”というのは、どこからどこまでのことを言っているんだろうか。
キスのことは聞いた?
キスマークのことは聞いた?
……ううん。きっと違う。
「……ふられたんだってね」
―――― それが、“全部”
たった1つ、ふられたという事実だけ。
でも、それが“全部”。
……それが“全て”で、それが“真実”。
これまでの経緯なんか、どうでもいいと言って投げ捨ててしまえるほどに大きな“真実”に対して、少し、憎らしいと思った。
今までの経緯は、あたしにとってはとても温かで、優しくて、大切なものだった。
でも、そんなもの、他人の目から見たら、たった1つの“真実”により投げ捨てられてしまうようなものだ。
……仕方がないことだと、諦める選択肢しかなかったあたしは、うつむいた。
「でもね、恭子。あたしは、あの男の言葉が信じられないの」
その声は、美波先輩の声よりも優しく、そして柔らかだった。
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