危険ナ香リ
ドンっと背中と壁がぶつかる音がした。
激しい音だった割には、背中に感じる痛みはそれほどでもなかった。
それはきっと、すぐ目の前にいる佐藤さんに、ほとんど全ての意識が向かっていたから。
「前みたいに、教室の隅で大人しくしてればいいのに。安藤飛鳥をバックにつけてるからって、いい気になんないでよ」
飛鳥くんはバックになんかついてない。
そう言おうと口を開くが、佐藤さんは、あたしより先に声をだす。
「だいたい、なんであんたみたいなのが佐久間先生に気に入られてるわけ?」
……気に入られてなんか、ない。
そう言いたかった。
でも言えなかった。
……あたしが望んでいることを、自ら否定するのは……正直、嫌になる。
前に言われたように、あたしには“守り癖”があって、その癖が、今存分にその力を発揮していた。
自分自身を守ろうとして、まず自分自身を傷つけないようにしていた。
……だって、もう、悲しむことに嫌気がさしたから。
「おぶってもらったり、家まで送ってもらったりして、」
そこまで喋ると、佐藤さんの口が、急にピタリと止まった。
どうしたんだろうと思い、佐藤さんの顔を見つめる。
「そういえば、懐中時計……」
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