危険ナ香リ




「分かった。もう帰っていいから」




 キィ、とワークチェアが動く音が聞こえた。


 チラリと見ると、佐久間先生があたしに背中を向けて、小さくため息をはいていた。


 ……か、帰っていいの?


 何故かそんな心配をしてしまうのは、きっと、佐久間先生のさっきの声が怒ってるように聞こえたから。




「あ、あの」

「なんだ」

「なんか、怒ってますか……?」

「別に」




 ……怒ってる。


 ど、どうしてっ!?

 あたし、なんか変なこと言った!?


 佐久間先生の広い背中を見ながら、オロオロとする。


 謝った方がいいかな。

 でも、怒ってる理由も分からないのに……。

 で、でもやっぱり謝った方がいいかな。


 そんな葛藤を胸の中で続けていると、




―― ヴヴヴ




 どこからか、携帯が震える音が聞こえた。




 それはあたしの携帯じゃない。


 だってあたしのならポケットにいれてあるからすぐに分かるから。


 だから必然的に、佐久間先生の携帯が震えてるってことになるんだけど……。




「……」

「……えっと」

「清瀬のじゃないのか?」




 少し顔を後ろに向けて、あたしを見る佐久間先生。


 その姿を見て、佐久間先生の携帯が震えてるわけでもないんだと気づいた。


 ……じゃあ、誰の……。




 不意に、ピタリと音が止んだ。


 佐久間先生の視線があたしを通り越して、ベッドが並ぶ奥のスペースの方へ向かう。


 つられてあたしも振り向いてみると、窓際の一番端のベッドに隠れるようにして座る、誰かの姿が見えた。


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