夢見な百合の花
カズヤが居なくなった後、俺とサヨは二人きりになったが、互いに口を開かなかった。

俺は何を話していいか悩んでいたから、口を閉ざしていた訳だが、サヨは違った。来た時から気づいていた事だが、サヨは今日、一度も言葉を発していない。

コミニケーションは全て身振り手振りか、表情の変化でおこなっている。この行動がサヨの病気にどんな関係があるかは俺には解らない…。

俺が一人、サヨの顔を凝視していると、サヨはこの沈黙に飽きたのか、俺のプレゼントしたぬいぐるみで遊び始めた。

その様子を見た俺は心を決めた。このままでは俺は何をしに帰ってきたのか解らないからな…。

ずっと気になっていた質問をサヨにぶつける。

「…なぁサヨ……俺の事覚えていないか?」

俺の言葉を聞いたサヨは、視線を俺に向ける…。大きな瞳を俺の顔に向けながら、サヨは少し考えている様な表情をした後、動作で俺に意見を伝えてくれた。

顔を横に振るという、動作で…。

薄々気付いていた事だが、結果がはっきりするのとしないのとでは、大きく違ってくる。俺は、現実は甘くないという事を改めて痛感した…。

「そうか…覚えてない…か。ところでカズヤの事はどうなんだ?覚えているのか?」

気を取り直して、俺はカズヤの事を聞いてみた。すると、今度はすぐに答えが返ってきた。

「カズヤは覚えていて、俺は覚えていないか…流石にこれは…堪えるな」

俺はこの時、笑顔で頷くサヨを、複雑な表情で見る事しか出来なかった…。
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