夢見な百合の花
俺の町に帰ってきて早二週間。病院の中は昔と何も変わらず、現実とはかけ離れている様な錯覚を覚える…。

良く知っている待合室や、よく知っている中庭…サヨの病室に向かう最中に嫌でも目に入る、よく知った光景。

絶望の中に居た俺を、更に絶望に追いやった、苦い思い出の場所…。そして今は、少ない希望を抱ける特別な場所でもある。

精神科病棟に足を踏み入れた俺は、エレベーターに乗ろうとした。だが、エレベーターのボタンを押す前に、ある場所に目が止まった。

そこは、隔離された精神科病棟の中でゆいつ外に出れる中庭であり、ゆったりとした時間を楽しめる場所。夕焼け空の西日が万遍無く行き届いており、その為か幻想的に中庭を彩っていた。

そんな中を、手を繋ぎながら歩いている大人の女性と少女が居た。

俺はその二人を確認すると、中庭に居る二人に声をかけた。

「ここに居たのかサヨ…そして柏木先生」

「あら、ヒサジ君。もしかしてサヨちゃんを探していた?」

サヨは俺を確認すると、小さく俺に向かって手を振る。柏木先生はそんなサヨを連れ、俺の元まで歩いてきた。

「いま来たところです。それよりも、サヨが病室を出ているなんて珍しいな…急にどうしたんですか?」

珍しいというか、俺はサヨが病室以外に居るところを初めて見た。

「今日はサヨちゃん凄く機嫌が良いのよ。発作もまだ起きてないし、夕日があまりにも綺麗だったから、散歩に出る事にしたのよ…病室に閉じこもってばかりでは、気も滅入ると思ってね…」
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