夢見な百合の花
確かに今日のサヨは機嫌が良さそうだ。すごく穏やかな表情をしている…とても病人には見えない。

「それじゃあ王子様が来た事だし、私の役目はこれまでかな…任せて大丈夫よね?」

柏木先生は繋いでいたサヨの手を俺の手に渡し、自分の手は白衣のポケットに突っ込んだ。

「えぇ…そうしていただけると助かります。それと…」

「解っているわ…ヒサジ君の思った通りにしなさい。私はどんな状況にも対応できる様に準備はしてあるから」

「…はい」

柏木先生はそう言って、中庭から姿を消した。中庭には俺とサヨだけが残された…。

「それじゃ行くか。疲れてないかサヨ?」

俺の言葉にサヨは首を横に振る事で応える。それどころか、俺の手を引張り、中庭の奥に連れて行こうとする。

「もしかして中庭を案内してくれるのか?」

サヨは俺に振り返り、豊かな表情で自分の意思を伝えた。

サヨは自分の言葉で返答はしない。でも、自分の伝えたい気持ちを表情で俺に伝える事が出来る。ちゃんと意思疎通は出来ている。

俺とサヨの間には、何一つ不自由はない。むしろこの状況は状況で、幸せを感じ始めている俺もいるんだ。

でも…この幸せは長続きしない。

いつか限界が訪れる。この状況が続けばいつか、不測の事態が起きかねない…。

それが解っているから俺は行動を起こさないといけないんだ。俺達の手でな…。
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