夢見な百合の花
「はい…ヒサジさんが死んだと思ったサヨさんの絶望感。それは、計り知れない悲しみを感じたに違いありません。でも、だからと言って、それが原因で記憶が戻らないと言うのは、いささか軽率な考えではないでしょうか？」

俺は、この時のサヤの迫力に少し驚いていた。言葉使いこそ丁寧だが、サヤの言葉には俺への遠慮を一切感じなかったからだ。

今のサヤはとても、対人恐怖症で苦しんでいる女の子とは思えない…。

「私は、心の病気を抱えている人を何度も見た事があります…もちろん、柏木先生の事も知っています。その柏木先生が、記憶障害だと言っているのであれば、本当にそうなのかもしれません。でも…」

サヤはここで言葉を区切ると、はっきりと言いきった。

「でも、私は記憶を失った人をドラマや映画以外で見た事がありません」

…確かにそうだ。

記憶を失う…簡単にそうだと仮定してはいるが、自分の身に置き換えて考えてみると、そんな事起こる気がしない。

「じゃあ…なんだって言うんだ」

俺は、思わず思っていた言葉を口に出して、言ってしまっていた。

サヤは俺の言葉を聞くと、小さくビクつく…。そんなサヤの反応を見て、俺は慌ててサヤに謝った。

「いやっ済まない…別にサヤに対して言った言葉ではないんだ。俺も、なんだかそんな気がしてきてな…じゃあサヨの身に何が起きているんだろうと思ったんだよ」

このアドバイスは貴重な情報だ。俺はこれまで、サヨの心のドアを押す方法しか考えていなかった…。

もしかしたら、サヨの心のドアは、引く事でドアが開くかもしれない。

「それなんですけど…こんな可能性がありませんか？」
< 90 / 132 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop