365回の軌跡
オムツ交換を終えた私は隣の部屋に入ると、泣き声が聞こえた。そっと見てみると、旦那さんが声を殺して泣いていたのだ。
「ど、どうしました!?」
「ああ、ごめん…。」
旦那さんは涙を拭くと、チラッと横目で佐々木さんの部屋を見て、小声で話始めた。
「妻があんなに頑張ってるのを見ると、辛いんだよ。余命が宣告されて、妻と過ごす時間が段々短くなってきている。なのに妻はいつまでも生きようと必死だ。なのに私は何も出来ない。妻は昔から私を支えてきてくれたのに、私は何も妻にさせてやれないんだ。せめて何か思い出を作ってやりたいが、妻の純粋な態度についキツい言い方になってしまう。私は…私は…」
そこまで言うと旦那さんはまた大粒の涙を流した。
「作りましょう!思い出。」
旦那さんは泣きはらした目で私を見る。
「佐々木さん、今桜が満開って教えたら、中央公園に桜を見に行きたいって言ってました。聞いたら昔旦那さんと毎朝散歩してた公園なんですってね。行きませんか?」
「しかし…妻はもう長い間座ってられないし、私も腰が痛くて…」
中央公園はここから徒歩10分くらいのところにある、大きな公園だ。周りに桜並木道があり、中央に芝生の広場がある、この時期はレジャーで賑わっているだろう。
「大丈夫です、行ってみることに意味があるんです。車椅子に乗せて私が押します」
「でもそんなこと許されるんですか?」
「私個人のボランティアってことにさせてください!お願いします!」
私は深々と頭を下げた。
「いえいえ、料金は払いますよ」
「私が提案したんで料金は要りません。準備も手伝いますんで行きませんか?」
「…分かりました。あなたはホントにいい方ですね。全部任せますのでお願いします」
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