365回の軌跡
私達は中央公園のベンチに腰掛け、お茶を飲んでいた。
「今日はホントに来て良かったわ!ありがとうね、宮川さん」
「いえいえ、それよりも寒くないですか?体調の方は大丈夫ですか?」
私は心配して聞いた。
「それが、いつもよりすごく調子がいいの!もう治ったかも」
佐々木さんは相変わらず満面の笑顔だ。
「全く、口だけは元気なんだから」
旦那さんも笑顔でお茶を啜る。
「ねぇ宮川さん。」
急に真顔になった佐々木さんがこちらを見る。
「はい?」
「もし私の病気が治って、オムツがいらなくなっても、今みたいに家に来てくれる?」
私は笑顔になった。必要とされてる、くすぐったいような、恥ずかしいような…。
「もちろん!元気になっても遊びにいきます!」
「約束よ!宮川さんに教えたい料理があるの!知ってたら絶対モテるわよ~!」
「ホントですか?教えてください!約束します!」
私は佐々木さんを見ながら嘘を言えた。

「そろそろ帰りましょうか」
旦那さんが腰を上げる。
「そうね。帰りましょう」
佐々木さんも従う。
「じゃあ帰りはお二人手を繋いで並木道を歩きません?私車椅子押しますから。」
とっさに私はこんな提案をした。思い出を作って欲しかった。
「いいわね~それ!」
「照れるな~」
2人は一瞬見つめ合って、照れたように吹き出す。
「早く早く!」
私は急かした。
「はい、あなた」
佐々木さんが骨と皮だけの様な手を差し出す。
「う、うん」
それを旦那さんの手が包み込む。
「じゃ、前進しますよ~」
私は車椅子を旦那さんに合わせてゆっくり押す。言葉は無かった。でも2人は若い頃、手を繋いで歩いた道を、今また手を繋いで歩いている。あの時より歩くスピードは遅くても。一人は車椅子だけど。言葉は無くても。「あの頃」と「今」が繋がった感じがした。
桜のトンネルが2人を優しく包んでいた。
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