ロ包 ロ孝
 余程動揺しているのか、下ろした手を落ち着きなくズボンで拭き出した彼。

「蠢声操躯法だよ。昼間はどこ迄話したっけ?」

「昼間……ですか?」

 たった今、目の前で起こった出来事を、まだ咀嚼しきれていないようだ。

「ああ。すいません、そうでした。お昼は確か、素質がどうとか迄だったと思いますが……」

「そうそう、そうだったな。ところで栗原君。いい店知らないか? コーラが置いてある店がいいんだが……」

「それだったら、カラオケ屋だけど、つまみが旨い店を知ってます」


∴◇∴◇∴◇∴


「ここがそのヴァシーラです」

「会社から結構近いんだな」

「歩いて10分掛ってないわね」

 栗原の案内で入ったそこは、お洒落ではあるが派手ではなく、シックという表現がピッタリの店だった。

「見た? 廊下に川が流れてたわよ?」

 席に座ると里美が言う。ガラスで出来た廊下の床下に川が流れる演出。壁全体が柔らかく光っていて、和洋折衷のインテリアもまたセンスが良い。

部屋は廊下に比べて暗く、ゆったりとした造りになっているので寛げそうだ。

「洒落た所じゃないか。防音もしっかりしている」

 店員から廊下を案内された時も、各部屋からの音漏れは殆んど無かった。

「へへ、実は俺のデートコースの目玉なんスよ。前は料亭だったみたいで料理も旨いんです。で、お話の続きは?」

「ええっと……?」

 初めての場所に浮かれて、どこ迄話したかをまた忘れていた。今度はすかさず

「素質です」

 と返す栗原。自分の縄張りに居る事で、落ち着きを取り戻したのだろう。

俺は彼に音力へ入るように勧め、素質が有るようなら一緒にエージェントにならないかと持ちかけた。


< 100 / 403 >

この作品をシェア

pagetop