ロ包 ロ孝
 暫らくの間黙っていた里美は振り返ると言った。微笑んでいるので怒ってはいないようだ。

「いいのよ、淳。あたしもただ、調子はどうかな? と思って覗いただけだし。 ……じゃ、気にしないようにするわね?」

 軽く手を振り、ふんわりと漂う花の香りを残して、里美は部屋を後にした。

「あの……今の山崎さんですよネ」

 三浦が口をはさんでくる。火花散る攻防の一部始終を見られていたようだ。

「そうですが、どうかしましたか?」

 今度は何に喰い付いてくるつもりだろう。俺は自然と身構えていた。

「坂本課長の彼女だったんですね?」

「えぇ。まぁそんな所です」

 栗原があれだけふれ回っていたと言うのに知らないとは、三浦も俺と同じタイプの『事情に疎い男』らしい。

「山崎さんと言えば、評判の美人でしたからネ。前の課でも誰が彼女のハートを射止めるのかなんて噂したもんです。それが坂本課長だったなんて、いや凄いです。尊敬します」

 こんな風に持ち上げられて、気分を悪くする奴は恐らく居ないだろう。俺もその例に漏れずヤニ下がっていた。

「いや、照れますね。はははっ」

 しかし、それもこれも元を辿れば蠢声操躯法の縁だ。まさに『禍福は糾(アザナ)える縄の如し』という諺がピッタリくる。

俺と里美、そして栗原が成す縄はこれから如何に糾われて行くのだろうか。


───────


 エージェントとしての初指令が下ったのは、そんな一日を終えた時だった。

『もしもし、会社の方は終わりましたか?』

「ええ」

 電話は根岸からだ。

『では坂本さん、初めてのお仕事に行って貰いたいのです。今日はニュースを見られましたか?』


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