ロ包 ロ孝
「ス……すいません。ちょっと考え事をしていたもので……」
痛い所を突かれた気まずさも有って、しなくてもいい言い訳をしてしまっている。
「いえ。初めてでらっしゃるのですから、戸惑われるのも当然です」
俺を気遣って深く、静かに語られる岩沢の声は、男の俺が聞いていても魅力的だ。ルックスはお世辞にも良いとは言えないが、この声で囁かれたら堪らない女性も居るに違いない。
「じゃあもう一度説明しますね」
話を聞きながら周りを見回すと、先程の男女が居なくなっている。そんな気配にも気付かず里美に見入っていた事を知り、俺は耳が熱くなるのを感じた。
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「……なんです。つまり、自分の声の波動に依って細胞を活性化する事に依り本来の能力以上の物を引き出そうという試みなんですよ」
なるほど。説明は長ったらしかったがそういう事か。ここの遮音設備が整っているのも、それなら納得が行く。
しかし実際そんな事が出来るのだろうか……。
その昔祖父が、「うちの先祖は声を自由に操る術で戦国時代を生き抜いたんじゃ」と得意気に話していたのを思い出す。
その時俺は『老人の戯言』と取り合わなかったのだが……。
「わざわざお時間を割いて説明して戴いてスイマセン。あたしが話すよりうんと解り易かったと思います」
そうだ、今日は見学だけの約束だった。だが今の説明を里美から聞いたとしても、恐らく話半分で聞き流していただろう。
他人が話してくれている今でさえ、里美の事が気になって、まるで集中出来ない有り様だったからだ。