ロ包 ロ孝
 課長補佐の三浦が、一身上の都合で急に会社を辞める事になった。

「課長。会社が終わった後で少しお時間頂けますか?」

 正式な辞令が下りるのはまだ数日先だが、また一から課長補佐を育てなければいけないと思うと気が重い。何より、せっかく築き上げてきた三浦との絆が断たれてしまうのが残念だった。

「ええ、いいですよ? しかし寂しいですね。
 いいコンビになれたと思っていたのに……」

 三浦は申し訳なさそうに頭を下げて言った。

「すみません、課長。でもこれでお別れじゃないんです。……詳しい事はその時にでも」

 いたずらっぽく目配せして自分のデスクに戻って行く彼。あの空気の読めない、取っ付き辛い男が……ほんの数ヶ月前には考えられなかった仕草である。俺は蠢声操躯法の凄さを改めて認識していた。


∴◇∴◇∴◇∴


「お疲れ様でした。三浦さんはどこかいい店をご存じですか?」

 終業の時間になったので、明日の会議で必要になる資料をまとめながら三浦に聞いた。

「いえ、生憎あまり知りません。呑むのはもっぱら家でコレなものでして」

 おちょこをくいっとあおる身振りをして彼は答える。

 ああ、三浦は愛妻弁当持参だった。酒も女房と膝突き合わせて、か。余程仲がいいんだろう。

「家庭円満で羨ましい限りですねぇ」

「いえ、色々と入り用なので、そうやって節約してるんですよ」

 そうだ。エージェントの話が上手く行けば、そんな金銭的問題も心配の種では無くなった筈なのに。しかし素質が無ければ仕方ない。蠢声操躯法とはそういう物なのだ。

「じゃあ『足の向くまま』でいきますか」

「そうですね。そうするとしましょう」


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