ロ包 ロ孝
「確かに普通の箪笥みたいだけど、一番下の三段が動かない。鍵も無いのによ?」

 キビキビと箪笥を調べて、ひとり考え込む里美。頬に当てた人差し指の、リズミカルに肌をタッピングする音だけが蔵の壁に吸い込まれる。

その肘を、たわわに実った胸ごと抱え込むようにして思案する里美を見ながら「やっぱりこいつの胸は半端じゃないな」と、俺はまるで別の事を思っていた。

「ん?」

 俺の視線に気付いたのか、こちらに向き直った里美と目が合ってしまう。

「どこ見てるんですか? 坂本さんっ」

 言葉とは裏腹に、どうぞ見て下さいとばかりに詰め寄ってくる里美。

「いや、箪笥の事迄解るなんて凄いなぁ……なんてな」

「あたしを誉めるなんて、何をらしくない事を! もう少しましな言い訳をして下さいネ。フフフ。
 でもこれ、とても昔の物とは思えない程新しいわね。まだ木の香りがするようだもの」

 的確な状況判断をしながらもその場の空気を壊さない。これが彼女の営業成績を形成しているのだ。

すると「その通りじゃよ」と、姿をくらませていた祖父がいつのまにか戻ってきて言った。

「その箪笥は儂が大工に作らせたんじゃ。ホレ、この巻物を渡してな」

 祖父が差し出したその巻物には、仕掛け箪笥の構造がこと細かに載っている。

「なんだ。拗ねてたんじゃなかったのか。
 しかしこんな門外不出の内容を、その大工に漏らしてしまってもいいのか?」

「これは術とは違うしの。高倉の秘伝という訳では無いんじゃ。
 大体普通の家具職人ふぜいか秘密を知った所で、それをどう使えるというんじゃ? それに……」

 祖父はその簾のように垂れ下がった白い眉を手でどけると、イタズラっぽい瞳で俺を見る。

「奴が大々的に売り出したら、権利を何%か頂くつもりじゃったからの! フォッフォッフォッ」

 昔から祖父は金と女には目が無い駄目ジジイだったのだが、それは脈々と現在にも継承されているようだ。


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