ロ包 ロ孝
「栗原さんはもうお帰りなんですか?」

 1人で店に入って来た俺を見付けると徳田は言う。

「ああ、今日は里美と込み入った話が有るんで帰らせました。部屋はあそこでいいんですよね」

「はい、2階の一番奥です。どうぞごゆっくり」

 あの頃と少しも変わらぬ応対。受け付けを離れて部屋に向かうと、カラオケ屋らしからぬ静かな廊下に川が流れている演出。そして例の部屋には彼女が、里美が待っている。

俺は心の動揺を気取られぬよう、平静を装ってドアを開けた。

「里美……」

「あら淳。栗原には会わなかったの?」

 何も知らない里美は、いつもと変わらぬ調子で微笑んでいる。

「う。ああ、まだみたいだな。……里美に連絡は?」

「あら、結婚してからは1度も直電して来た事無いのよ? あれでアイツも気を遣ってるのネ、あはは」

 コロコロと屈託なく笑う里美を見ていると、さっき迄の事なんかどうでも良く思えてくる。俺は上着をハンガーに掛けると、セカンドバッグと携帯をテーブルに置き、ソファーに腰掛けた。

「あ、もしもし。お好み焼きとコーラをお願いします。コーラはキャッチャーでネ! ……あは、嘘ウソ。ピッチャーでね」

 インターホンを切った里美はこちらに向き直り、俺を覗き込んだ。

「どうしたのぉ? いつもだったらすぐ突っ込み入れる癖に……何か考え事?」

 心配そうな表情で俺を覗き込む里美。俺は彼女の瞳に写り込んだ情けない顔の男に問い掛けた。

 ……お前に取っての真実とはなんだ? 俺達の愛に偽りは無かった筈だ。職務や演技で、俺の事をこんなに気遣える訳が無い。違うのか?


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