ロ包 ロ孝
 悪戯っぽく上目遣いで彼の目を覗きながら、里美はにじり寄った。岩沢は唾を飲み込み、一転してばつの悪そうな作り笑いを浮かべて後退る。

「い、いや。あの時は出来心で……。あれ以降は全くそんな事は……」

 その大きな身体を少し丸めて申し訳なさそうにしている岩沢。熊と調教師さながらの構図だ。

「あら、出来心じゃなくて下心じゃなかったかしら。
でも大丈夫。彼は実力で実績を上げているだけですからっ」

「や、山崎さんには敵わないなぁ。上からのお達しだったのでお伝えした迄ですよぉ。
 さ、さぁ。始めましょうか」

「宜しくお願いしまぁす」

 広くはない遮音ブースの中に、甘ったるい里美の声が弾んだ。


───────


 俺の習熟速度が早いのは予備知識が有るのもさる事ながら、やはり地声の大きさが影響しているらしい。幾ら飲み込みが良くても声自体が小さければ術の効果は出ない。

音圧を上げ、術中にずっと安定した発声をする為にはかなりの修練を積まなければならない。

普通の人がここ迄来るには相当な時間が掛かるようなのだ。


∴◇∴◇∴◇∴


『さぁ、坂本さん。やってみて』

「むうう。むう、ゴホン。あー。あぁぁ。……どうだ?聞こえるか?」

 修練が終わって早速、里美と2人で【闘】(トウ・第四声)を使ってみる。【闘】は離れた場所に居る相手に声を伝える事が出来る術だ。

『はっきり聞こえる。上手だわ?』

 里美が居るビル迄は直線距離で100mは離れているだろうか、しかし明瞭に会話が出来ている。これは凄い!


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