ロ包 ロ孝
「悪いけど、総書記は殺させない! でも淳にも死んで欲しくない。
 あたしの事はどう思ってくれてもいいけど、貴方は生き延びて? このお腹の子供の為にも!」

「……里美……子供って……」

「早く! 急いで逃げてっ! フゥゥゥゥゥウ」

  スタタタタタッ

 呼び止める間もなく里美は【者】を使って走り去ってしまった。

相変わらず辺りは騒がしいが、いつしかそれも気にならなくなっていた。

「…………。フンッ、逃げろって、どこにだよ……」

 お腹の子供。

 二重スパイ。

 本当の名前?

「金(キム)……なんて言ってたっけ? そんなの一度で覚えられる訳無いよな」

 あまりの事を聞かされた衝撃と起き抜けの頭で、俺の思考は全く動き出さない。

今日は総書記主催で行われるマギー伸子のマジックショーの最中、水槽に居た筈の伸子さんが舞台上手(カミテ)側に有るカーテンから現れるその瞬間。打ち出される金銀のテープの発射音と、鳴り響くファンファーレと暗闇とに紛れて、総書記の命を奪う手筈になっている。

スポットライトの係である俺が、ホール後方から的を絞った【前】を放ち、総書記に致命傷を与える。

それを合図に渡辺達が【青龍】と【白虎】で護衛の足並みを崩す。その後更に関達が刀で制圧する。山本達は後方で、全体的な援護をする役回りだ。

伸子さんたちを避難させたら俺達は、命からがら逃げ出して、海で待機していた政府の艦載ヘリに拾われる迄逃れ切ればいい。ひたすら走って、こんな国とはおさらばする。

ただそれだけの予定だった筈だ。それなのになんだ? 今置かれているこの状況は!

「放せっ! 貴様ら一体何のつもりだっ!」

 渡辺の怒声を聞いて我に返った俺は、喧騒に包まれたこの宿舎で起こっている事をようやく理解した。


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