ロ包 ロ孝
「まぁ、ゆっくりしててくれよ」

 俺はソファーに里美を座らせると冷静を装って厨房に立ち、自慢の玉露を急須へ入れ始めた。

「お茶ならアタシが……」

「これは煎茶道に則った煎れ方だ。お前は黙って見ていなさい」

 立ち上がろうとした里美を制して、湯冷ましに熱湯を注ぐ。

「は、はい」

 茶器はそこそこの伊万里。草書を容易く読みこなす里美に、うっかりした物は出せない。

「入ったよ」

「有難う。でもこのお茶わん、部屋の色に合わないわね。100円ショップ?」

 俺は危うく椅子ごとコケるところだった。

「お前の為にわざわざ用意した茶器だぞ? てっきりこういうのも詳しいと思ってたのに……」

「う〜ん、ごめんなさい。勉強しとく!」

 それでも俺は心尽くしのもてなしをする。価値は解らずともこの気持ちが伝わればいいのである。しかし……。

「このお茶ぬるい!」

 しばくぞお前!

……おっとイケナイ、もてなしの心で穏やかに……だ。

「玉露ってのはそういう物なんだよ。低い温度で入れるからタンニンが抽出されず、渋みが無い。
 それでお茶独特の甘さを楽しむ事が出来るんだ」

「へぇ〜。そういえばトロっとしてて甘いかも」

 そうだろ。100グラム8千円だぞ? これもお前の為にわざわざ遠回りして買って来たんだ!

……果たして俺の気持ちは伝わっているのだろうかと、少々不安になった。

「価値の解らない女でごめんなさい。でも人の価値はいい目利きでしょ?」

 そっか。俺を選んだのがその心眼という訳か。


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