逢瀬を重ね、君を愛す
彩音がいなくなっても、薫の仕事の効率は変わらなかった。
そつなく、手早く、正確に。
世界が変わらなくても、薫の中での彩音の存在は多大な影響力を持っている。
だから彩音が帰ったと聞かされた時、多少の仕事の効率の低下にには目をつぶろうと決めていたのだが。
ちらっと手に持つ書簡を見る。
効率が落ちるどころか、変わらない。むしろ以前より良くなっているようにも思う。
「人とは、そういうことなのですかねえ」
訳が分からないといったように嘆息交じりにつぶやく。
そして、もう一つ、わからないことがある。
薫は、彩音が帰ってから一度も彩音の話題をださない。
蛍自身も気遣って彩音のことを話題にしないが、薫も彩音のことを口にすることはなく、さらには泣いているところも見たことがない。
以前、彩音がこの時代にいるとき。薫が彩音に抱いていた恋心を目ざとく見つけた際に、更衣入内を提案したことがあった。あの時の薫に。忙しい帝に恋愛の駆け引きを楽しんでもらう余裕なんてなかったからだ。気に入ったなら囲う。さらに彩音には後ろ盾がなかった。誰かの陰謀として送り込まれたわけではない。後ろ盾がないということは。入内して苦労するのは彩音自身だが、こちら側とすれば問題はなかった。政策などに頭を悩ますこともない。苦労はするが、薫の寵愛がもらえるのだ。この時代にとってそれ以上の幸せがあるだろうか。
なのに、薫は渋った。彩音の入内を。
蛍が悟った薫の恋心は幻だったのだろうか。
少し頭を振り、思考を入れ替える。
持っていた書簡をより、しっかりと抱きかかえ歩みのペースを上げた。
「…なにはともあれ…急がねばなりませんね。」
それでなくとも、彩音は薫にとって大切な人に変わりはなかったはず。
今、傷ついている薫に塩を塗るマネはしたくないが。そうは言ってられない。
何といっても。薫はこの時代の------帝なのだから。