逢瀬を重ね、君を愛す

「帝」

外から女房の声がする。


「お時間でございます。」


その言葉に少し空気が張りつめた。
パシッと扇が閉じる音が響く。


「これも、俺の義務だから。」


そう立ち上がった薫に桜乃は深く頭を下げる。


「蛍が、数多くの姫の中から選んだ相手でございます。」

「わかってるよ。いい姫なんだろうね、きっと」


頭を下げたままの桜乃の横を一歩一歩進んでいく。
部屋を出る直前、足を止めた薫はそのまま、天気の良い空を見上げる。


「でも」


遠く、遥か彼方の彼女へ祈り捧げるように



「俺の心は彩音のものだ」


そう言い残し、今度は迷いなく早足に薫の足音が遠ざかっていく。
部屋に残された桜乃は頭を下げたまま上げることができなかった。


彩音が去ってから、初めて口にでた彩音の名前。
短い日々だったが、一番近くで見てきたのだ。
彩音と、薫が少しずつはぐくんできた恋を。


「彩…音さまっ」


薫の心は未だに彩音で埋まっている。普通の人ならいい。でも、薫は違う。
この国を背負って立つ人間だ。ただ一人の女のために、ましてもうこの世界に居ない女のために人生を捧げていい人間じゃない。


「…桜乃」

「っ…ほた…るっ…」


帰ってきた蛍の姿を見たとたんに、堰をきったかのように次々と涙があふれる。
崩れ落ちるように泣きじゃくる桜乃を蛍は優しく抱きしめた。


「私っ…私…帝にあんな顔させたかったわけじゃない…!」


泣き叫ぶ桜乃をなだめるように、強く胸に押し付けながら蛍も唇をかみしめた。
彩音が去って以降、薫が口にしないので彩音への思いを疑ってたが、そうじゃなかった。



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