逢瀬を重ね、君を愛す
桜乃は知っていたんだ。
毎夜、薫が一人で彩音からもらった巾着を眺めている姿を。
凛と吹く横笛の音色に切なさが増したことも。
彩音を思って、涙する夜があることも。
それを知っていたからこそ、薫には幸せになってもらいたい。
彩音を思いながら、それでも傍で…すぐそばで薫を支える女性が欲しかった。
だから、薫の結婚を迷っていた蛍の背を桜乃が押したのだ。
どうか、薫の支えになってくれる人を。
「彩音、さま…ごめんなっ…さいっ」
これは彩音に対する侮辱だろう。でも、こうしたいと思ってしまった。
取り残された薫を支える人が欲しかった。
「…決めたのは俺だよ」
家臣からの圧力、桜乃の後押し。
そして、あの日以降。頻繁に通ってくるようになった清雅から聞いた彩音と薫の約束。
「帝は、彩音殿と約束したらしい。」
腕の中で桜乃が嗚咽で肩を揺らす。
その背をなだめるようゆっくりとさすりながら言葉を思い出す。
「この都を未来永劫繁栄させ、彩音殿の生きる未来で…待ってると。」
――――たとえ、俺自身がいなくても。俺が居た証を、俺と彩音が過ごした証を残してやりたい。って言ってたんだよ、薫が。俺はあの2人の友人だからな。叶えてやりたいと思う。
だから、全力を尽くすって決めたんだ。
そう言った清雅の瞳は綺麗に輝いていた。
「俺は俺のやり方で。」
2人の約束を叶えたい。
それを分かっているから、薫も取り消そうと思えば取り消せるこの式を壊さなかったのだろう。
痛みを分かち合うように、腕の中にいる桜乃を更に抱きしめる。
そして、不謹慎だと思うだろうか。
幼いころから追いかけ続け、手の届かなかった桜乃が今自分の腕の中にいる。
それだけで、嬉しさがこみ上げる。
小さく震えるその体は。こんなに小さかっただろうか。
――――守りたい。
――――叶えたい。
これからの人生をかけて。そう思った時にはもう口から言葉が飛び出していた。
「なあ…桜乃―――――――」
暖かい春の日差しが2人を包みこんだお話は、また別の機会に。