逢瀬を重ね、君を愛す
夜の静寂が部屋を包み込む。
灯りの為にともした火がゆらゆらと陽炎をうみ、ちらちらと薫の横顔を照らす。
清雅と蛍が下がった後、一人仕事机に向かっていた薫はふと仕事をしている手を止め昼間の事を思い出す。
―――自分のせいで、なにも悪くない姫がわるく言われている。
この事実は、何気なく薫の心に引っかかっていた。
きっと、彩音が帰った直後に言われてもなんとも思わなかっただろう。
自分の知ったことかと一笑して、そのまま変わらない日々を送ったに違いない。
でも今は違う。日がたって、少し癒され、心に余裕ができたのだろうか。
小さく火の音を聞きながら、女房に変装してまで逢いに来た一の姫を思い出す。
「ふっ・・・」
小さく笑みがこぼれる。高貴な身分である姫が、女房の変装をして、しかも帝の仕事場にまでくるなんて考えられない行動力だ。
その行動力に小さく、彩音をかぶせる。
ぴたりと動きを止めた薫は、少し目を閉じると意を決したように唇を引き結んだ。
「思い立ったが吉日!」
ばんっと勢いよく筆を置くと、わき目もふらずにまっすぐ部屋を出た。
向かう先は姫の部屋。
女房の真似事までさせるほど、彼女は追い詰められてしまったのだろう。
それもこれも、全部自分のせいだ。
「ならば、これも罪滅ぼし」
暗い中ぽつぽつと灯りがともる廊下を一人歩いていく。
夜も更けた深夜だからか、人の気配は少ないが、誰もいないわけではないようだ。
ところどころの部屋に明かりがついていたり、見張りの者が歩いているのか足音も話し声も聞こえる。
屋敷の中を歩いていると、ふと思い出される。
――――そういえば・・・この廊下を歩くのは久しぶりか・・・
ここしばらく、自分が部屋と仕事場くらいしか行き来していなかったのだと痛感する。
歩いていれば、花の配置や、家具の配置など少しだが変わってしまった場所を見つけると嫌でも時間が流れてしまったことを痛感する。
そして、本当に久しぶりに足を踏み入れる廊下へたどり着く。
思わず、その手前で止まってしまった足を見下ろし、少し震える手を握り締める。
「・・・ここにくるのは・・・遠花の時以来か。」
帝の妻のみが住むことを許された部屋。帝になった時、一人だけここに居た。懐かしい、愛しい女。そして、もう一度ここへ・・・彼女を閉じ込めてしまうかも知れなかった部屋。
ゆっくり大きく深呼吸をすると覚悟を決めたのか、勢いよく敷居をまたぐ。
途端に屋敷の空気が変わった。
本来なら複数いる妻のために多くの部屋が用意されているが、今薫の妻は一人しかいない。
やけに静かな空気を振り払いながら、できるだけ音をたてないように姫の一室を目指す。